「オンライン面接だけで、正社員雇用を決めるのはリスクが高い」
「採用した後に、自社文化と合わなかったらどうしよう」
フルリモート採用を検討する企業から、こうした不安があがるのは当然です。
そこで検討されるのが、まず業務委託として仕事を依頼し、相性が確認できたら雇用を打診するという段階的な方法です。実際にこのルートで採用している企業は少なくありません。
しかし、この手法には法的な落とし穴があります。手順を間違えれば「偽装請負」と見なされ、後から多額の未払い賃金や社会保険料の支払いを求められるリスクがあるからです。
本記事では、厚生労働省のガイドラインに基づき、適正な業務委託の設計方法と、安全な正社員登用のプロセスを実務の観点から解説します。
労働者性の判断基準を正しく理解する|契約名称では決まらない
業務委託の採用において最も重要なのは、「契約書に何と書かれているか」ではなく「実態がどうなっているか」です。
「労働者」か否かは、契約名称に関わらず「実態」で判断される
労働基準法上の「労働者」か否かは、契約の形式や名称(業務委託契約、請負契約など)では決まりません。厚生労働省は、労働者が他人の指揮監督下で働き、その対価として報酬を得ているかという「使用従属性」を重視しています。
重要なのは、判断の方法です。厚生労働省の資料には、使用従属性が認められるかどうかは請負契約や委任契約といった契約の形式や名称にかかわらず、契約の内容、労務提供の形態、報酬その他の要素から、個別の事案ごとに総合的に判断される、と記されています。
国が示す在宅勤務の「労働者」と「そうでない」事例の境界線
実は厚生労働省は、在宅勤務における労働者性の判断について専用の見解を公表しています。しかも具体的な2つの事例で、労働者にあたるケースとあたらないケースを示しています。
事例A:労働者にあたる
ソフトウェア開発の在宅勤務者で、雇用契約により社員として採用しているケースです。判断根拠は次の4点でした。
- 仕様書等により業務の性質上必要な指示がなされている
- 労働時間の管理は本人に委ねられているが、勤務時間が定められている
- 会社から指示された業務を拒否することはできない
- 報酬が固定給の月給である
事例B:労働者にあたらない
速記業務を委託契約で依頼しているケースです。こちらの判断根拠は次の4点です。
- 会社からの委託を断ることができる
- 勤務時間の定めはなく、本人の希望により委託する量を決めている
- 報酬は本人の能力により単価を決める出来高制である
- 業務の遂行方法等について特段の指示がない
この対比が、設計の指針そのものになります。
重要なのは「リモートだから指揮命令が弱いはず」という思い込みを捨てることです。勤務時間を管理し、進捗を厳しく追う運用をしていれば、それは指揮監督関係を肯定する重要な要素となります。
会社が業務の具体的内容及び遂行方法を指示し、業務の進捗状況を本人からの報告等により把握、管理している場合には、業務遂行過程で「使用者」の指揮監督を受けていると考えられ、指揮監督関係を肯定する重要な要素となる。
出典:厚生労働省「在宅勤務者についての労働者性の判断について」
https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/zaitaku-kinmu/index.html
労働者性の判断基準が見直される可能性
もう一点、押さえておくべき動きがあります。
現在の判断基準の土台になっているのは、昭和60年に取りまとめられた報告です。ところが令和7年1月に公表された労働基準関係法制研究会報告書で、その作成から約40年が経過し、働き方の変化・多様化に必ずしも対応できない部分が生じていると指摘されました。
これを受けて厚生労働省は、労働者性の判断基準を検討する研究会を設置しました。2026年8月時点での最新は7月17日に開催された第6回で、議論の整理案が示された段階です。報告書はまだ取りまとめられていません。
この厚労省の研究会で、実務に直結する論点が出ています。「労務代替性」の重みが増す可能性です。
受託した業務を、本人以外の人に代わってやらせることができるか。これは昭和60年報告の時点ですでに判断要素に入っており、代替性が認められる場合は指揮監督関係を否定する要素とされています。
厚労省の研究会では、この要素について比較的明確に客観的に評価しやすいという指摘や、重要な要素となり得るという指摘が出ました。一方で、仕事を断れるかどうかという要素は相対的に弱くなりつつある、という議論も紹介されています。
つまり既存の要素の重みが変わりつつある。契約書に「本人が自ら履行すること」と書いているかどうかが、今後より重く見られる可能性があります。
本記事で参照した法令解釈および研究会の議論は2026年8月時点のものです。個別の判断については社会保険労務士・弁護士にご相談ください
フリーランスの相談窓口が設置されている
企業にとって、リスクは以前より現実的になっています。
2024年11月1日のフリーランス法(フリーランス・事業者間取引適正化等法)施行に合わせて、全国の労働基準監督署に、自らの働き方が労働者に該当する可能性があると考えるフリーランスからの相談窓口が設置されました。
自らの働き方がフリーランス(業務委託)でありながら、実態は労働者に該当する可能性があると考える方が公的な窓口に相談できる体制が、すでに整っています。
「試用期間としての業務委託」がなぜ危険か
フルリモートの正社員採用に際して、まず業務委託として仕事を依頼し、相性が確認できたら正規雇用を打診するルートで採用している企業は少なくありません。
一方で、「試用期間として業務委託を使う」という考え方は、法的に極めて危険です。
雇用を前提にすると、業務委託の運用に指揮命令が混ざってきます。勤務時間を決めたくなる。定例会議に出てほしくなる。他社の仕事は控えてもらいたくなる。「どうせ社員になるのだから」という意識が、指揮命令に対するハードルを低くします。
また、「いずれ社員に」と匂わせながら発注すると、相手はその期待から断りにくくなります。依頼を断れない関係は、諾否の自由がない状態=労働者性の判断に近づきます。
そのようなルーズな運用をしている発注者に対して、「雇用されたら大変そう」と判断し、業務委託者の側が正規雇用の打診を断るケースも考えられるでしょう。さらに、「雇用を匂わせて指揮命令を受けていた」と相談窓口に通報されるリスクもゼロとはいえません。
「試用期間のつもり」で甘えず、業務委託と正規雇用の線引きはしっかりと保っておきましょう。
指揮命令を疑われる「やってはいけない」5つの行動
以下の運用をしている場合、実態は労働者であると認定される可能性が高まります。
- 勤務時間や稼働時間帯を会社が指定する
- 定例ミーティングへの参加を「業務の一環として」義務づける
- 依頼した業務の拒否を認めない
- 他社案件の受注を制限する
- 業務の進め方や手順を細部まで指示・管理する
契約書より「運用実態」が優先されるリスク
契約書をどれほど精緻に作成しても、日々のチャットやミーティングでのやり取りが「指示・管理」になっていれば意味がありません。
例えば契約書に「時間の指定はしない」と書きながら、チャットで「10時に稼働してください」と伝えていれば、実態として指揮命令関係があると判断されます。
また「定例ミーティングへの参加義務」にも注意が必要です。参加を求める場合は、それが業務委託の成果物納品に不可欠なものか、あるいはミーティング参加自体に別途報酬を支払うのかなど、明確な整理が求められます。
業務委託から直接雇用に転換した実例:登用の判断軸は「権限」
筆者のチームでは、実際に業務委託のスタッフを契約社員に登用したことがあります。
当人の業務委託契約としては3年目、筆者のチーム配下になってからは1年程度のタイミングで打診しました。
評価していたポイントはシンプルです。
- 質問して自分から新しい業務知識を得ようとする姿勢
- 提案型で動ける力(業界の潮流を見た上で「このようなキーワードはどうだろうか」といった発信)
- 他の業務委託スタッフを差配し、社員の業務を巻き取る能動的な姿勢
打診の直接のきっかけは、筆者の担当業務が増えてアシスタントが必要になったことでしたが、構造的な理由もありました。
当人は他の業務委託メンバーへの指示出しも一部担っていたのですが、ディレクター職ではなかったため指示をする立場としては不自然でした。やりにくそうにしているのが傍から見ていても分かりました。
業務への適性や有能さはよく理解していたため、上長に相談して社員登用への内諾を得て、当人に声をかけました。
「社員になれば指示権限が増え、あなたの仕事がやりやすくなる。それでもっと私の仕事を巻き取って、スキルアップしてみませんか」
業務委託から社員登用された筆者や別の社員を間近で見ていたこともあり、当人も喜んでくれました。
ただし、雇用形態は当初の想定とは変わりました。社員の仕事ぶりがハードなのを見ていた当人から、「子供がいるので時短で勤めたい」という希望が出たのです。そこで「それなら短時間勤務の契約社員でどうか」と提案し、オファーを受けてもらいました。
この経験から言えることが2つあります。
ひとつは、指示を出す立場に置きたいなら、雇用にすべきだということ。業務委託のまま指示権限だけ与えるのは、本人がやりにくいだけでなく、法的にも危うい構造です。
もうひとつは、雇用形態は会社が一方的に決めるものではないということ。「正社員が最善」という前提で打診すると、相手の事情を見落とします。
雇用の打診の設計 ─ 「社員登用は喜ばれる」という思い込みを捨てる
企業側は、雇用の打診を「喜ばれるもの」だと考えがちです。しかし、フリーランスにとって正社員化は、他社の案件を手放すことを意味します。
フリーランスは個人事業主です。急に取引先を切ることは事業主として難しいケースもあります。さらに、正社員化で収入や時間の裁量が減るリスクがあるため、複数社を掛け持つ多忙なフリーランスや、家族の事情で稼働時間帯が限られているフリーランスには、オファーを断られることも珍しくありません。
実際、筆者は「並行して取引しているクライアントがいる」という理由で、1回目の正社員オファーを断ったことがあります。その後、その会社の業務依頼が増えたタイミングで2回目のオファーを受けましたが、その際は「副業として現在継続中の取引先の案件を継続する」ことを条件に入れました。
このように、フリーランス=個人事業主の側にも、別の取引先や並行している案件があることを理解しておきたいですね。
フリーランスに提示すべき「3つの条件」
打診する際は、以下の3点を整理して提示してください。
- 副業の可否:既存の取引先を継続できるかは決定的な条件です。
- 委託時との比較:正社員として「定例ミーティングに参加が必須」「週/月に○日はオフィス出社義務がある」といった業務委託時とは異なる条件については、必ずオファー時に伝えておくこと。給与は額面だけでなく、社会保険料、福利厚生、賞与を含めた「手取り」で比較できる資料を用意すること。
- タイミング:相手の判断基準が変わるのを待つこと。一度断られても、良好な関係が続いていれば次があります。
フリーランスを自社雇用に切り替える「分岐点」とは
「企画やディレクションのような判断業務は、業務委託にできない」と考える方がいますが、これは誤解です。構成案のチェックや進行設計など、判断を伴う業務も業務委託で十分可能です。
自社雇用への切り替えを検討したいケースは、「社内の誰かに指示を出す必要があるか」です。
・チームメンバーの業務配分を決める
・社内の意思決定に加わる
・予算を執行する
・他部署と調整して動く
これらは「自社の社員としての権限」が必要なケースが多くなります。特に予算執行にかかわる部分は、コンプライアンスの観点からも社内の人間に任せるべきでしょう。
業務委託のままでは限界が来る仕事を任せたくなったら、それが自社雇用に切り替えるべきタイミングです。逆に、最後まで成果物の受け渡しだけで完結するなら、業務委託のまま続ければよいのです。
業務委託から正社員採用に至るまでの実務チェックリスト
段階ごとに、確認すべき項目を整理します。
【業務委託契約時】
・書面で契約内容を明示しているか
・成果物と検収基準を定義しているか
・報酬の算定根拠が明確か
・他社案件を制限する条項が入っていないか
【業務委託期間中】
・勤務時間や稼働時間帯を指定していないか
・定例ミーティングへの参加を義務づけていないか
・依頼を断る自由が実質的に確保されているか
・契約書の内容と、実際の運用が一致しているか
【正社員オファー時】
・副業の可否を明示しているか
・委託時との条件比較を提示しているか
・断られた場合に契約を継続する方針を決めているか
まとめ ─ 断られても関係が続く設計を
中途の即戦力採用において、業務委託の人材からオファー候補を探す方法は有効です。しかし、業務委託の段階を「試用期間」と捉えた瞬間に設計が崩れます。
独立した事業者として発注し、結果として雇用を打診する。この順序を守ってください。そして最後に、打診する側の心構えを一つ。断られても気まずくならない関係を、先に作っておくこと。
そう思える関係性があれば、打診の成功率も結果的に上がります。
フルリモート採用の全体像については、こちらの記事で解説しています。
本記事で参照した法令解釈および研究会の議論は2026年8月時点のものです。個別の判断については社会保険労務士・弁護士にご相談ください

